杏さん、はじめまして。
投稿を読ませていただきました。恥ずかしくて今まで言えなかったけれど、本当はずっと興味があったこと。29歳になる前に、一度自分の知らない世界を経験してみたいと思ったこと…。その気持ちを言葉にして書いたこと自体、杏さんにとって小さくない一歩だったのだと思います。
私は千葉県内房付近在住、40代後半の会社員で、心の繋がりを大切にしながら、支配や管理、性感開発、羞恥や焦らし、オーガズム管理、精神的な快楽責めを好むS/domiです。ただ強くしたり、刺激を与え続けたりすることには、あまり興味がありません。
杏さんが書いていた、手を押さえられること。耳や首筋に触れられること。自由を少し奪われること。縛られ、隠したいのに見られてしまうこと…。その中にあるのは単純な刺激だけではなく、「恥ずかしいのに、もっと知ってほしい」「抵抗したい気持ちと、委ねてしまいたい気持ち」そんな羞恥と好奇心なのかな、と感じました。
私が好きな羞恥は、無理に辱めたり、傷つけたりするものではありません。隠そうとする表情、逸らした視線、声を我慢していること。何に反応したのか、自分では隠したつもりなのに、こちらには知られてしまう…。そんな「見抜かれてしまう恥ずかしさ」を、安心の中で少しずつ快感へ変えていくような羞恥です。
快楽責めも、ただ激しく責め続けるものではありません。気持ち良さが高まったところで待たせる。欲しくなった頃に少しだけ与える。また止める。声や視線、触れ方まで使って期待を育て、触れられていない時間まで身体に次を待たせる…。そうして「もっと欲しい」と思う気持ちまで、ゆっくりこちらに預けてもらう。私が惹かれるのは、そんな支配と管理です。
最初は恥ずかしくて身体に力が入っていた女性が、安心するほど少しずつ力を抜き、「この人になら任せてもいい」と思えるようになる。隠していた嗜好も、言葉に出来なかった欲も、もう隠さなくていいと思えるようになる。そして気づけば、何をされるかよりも、「誰に見られているのか」「誰に待たされているのか」「誰から与えられているのか」その感覚そのものが快楽へ変わっていく…。私は、そんな関係に惹かれます。
ただし、杏さんが書いている「少し強引に」という言葉も、私の中では好き勝手にしていいという意味にはなりません。嫌なこと、怖いこと、出来ないことはきちんと確認する。その境界の内側だからこそ、安心して自由を預けてもらえる。私はそこを大切にしています。
経験が少ないことも、恥ずかしがり屋なことも、何も気にしなくて大丈夫です。むしろ最初から慣れている必要なんてありません。恥ずかしいなら、恥ずかしいままでいい。怖いなら、怖いと言えばいい。分からないなら、ひとつずつ教えます。その代わり、少しずつ安心出来るようになったら、普段誰にも見せていない杏さんまで、ゆっくり見せてもらえたら嬉しいです。
もし杏さんが求めている「優しい人」が、ただ何でも優しく許してくれる人ではなく、安心させながら必要な時にはきちんと主導し、恥ずかしさも迷いも欲しさも受け止めながら、少しずつ自分の知らなかった快感へ連れていってくれる人…という意味なら、相性は悪くないのかもしれません。
最初はお話からで大丈夫です。杏さんが今一番気になっているのは、縛られて自由を預ける感覚ですか?それとも、恥ずかしい反応まで見抜かれながら、焦らされ、待たされ、少しずつ快楽を管理されていく感覚ですか?
無理に答えなくても構いません。言えるところから、ゆっくり聞かせてください。
dominanthidezi@gmail.com
カカオ、hidezinow
お返事お待ちしています。